2010年 09月 21日
和田賢一論3 恍惚と破綻に向かう絵画 |
Atomic Angel 07-31 PYP 182x273cm アクリル 2007
サイードは晩年の優れた仕事の特徴は、統合ではなくて、「失われた全体性」、カタストロフィーだと指摘した。幻滅と快楽とを両者の矛盾を解決することなく提示できるのだと。
破局を恐れない芸術家の「後期のスタイル」「両極の一瞬にあらゆるものを照らし出すカタストロフィー」を目指したい。(和田賢一の著述より)
50歳を迎えた和田はこのように宣言しAtomシリーズはAtomicAngelというシリーズにバージョンアップする。その萌芽はそれ以前のAtomのシリーズですでに散見されはじめていた。
atom05-1(桜三月花狂い) 2005 182-273cm アクリル ウレタン樹脂 綿布 パネル
Atomic Angel 07-28 GVR P120
爆風のような激しさを伴いながらも調和した色彩や穏やかな空間に魅力があるが
Atomのこの辺りの作品では挑発するような色の対比、破綻するような狂気を感じさせる様相を見せている。清浄な美しさにとどまらない恐怖や不安、あるいは破綻のようなものが出始めている。
発光を超えて燃焼、あるいは核融合でいうところの臨界のような状態になっているような不調和さが感じられる。これはなぜなのか?
Atomic Angel 07 24 P.G.B.Y 195x300cm 2007 アクリル ウレタン樹脂 綿布 木枠
Atomic Angel 07 25 R.B.G 195x300cm 2007 アクリル ウレタン樹脂 綿布 木枠
先の宣言のような意識下、美⇔死にもうひとつのベクトルを加えてようとしていたようだ。
カタログをあらためてみて、画業を概観していたところ、特に後年の作品が妙にエロティックであることに気がついた。見ようによっては、女性器、生殖器、あるいは射精のように見えるし、抽象的なものでも性的な恍惚の瞬間のようにも見える。これは私自身、意外な発見であった。
和田については(いささか勝手に)高潔な印象を抱いてたのでこのことに少々戸惑った。知人の手記やご遺族の言葉からわかったことであるが、和田はエロスに対して非常に関心が高かったようだ。多くのコレクションも残されている。
Atomic Angel 07-32 B.P.Y. 182x273cm 2007 アクリル ウレタン樹脂 綿布 木枠
そもそも地球を母なる地球のたとえのように女性とみれば、原爆は母性に対する陵辱であり爆発は壮大な射精に見える。原爆投下に至る戦争の要因は複雑ではあるが、本能レベルに単純化してみれば人間の持つ権力への欲望や攻撃本能にあり、男性的な本能に根ざしている。
この男性性、自分や愛する者の生死を脅かしたものが自分自身の中に生の根源的な欲望として存在しているという矛盾。聡明な和田はこの自己矛盾に気付いていただろう。
その自己矛盾を回避するために、自分を衝き動かす欲望を美=死=エロスと同列化し神聖化しようとしたのではないだろうか?あるいは胎内回帰的に、肯定的に許容し全体性として提示することを目指したのか?
Atomic Angel08-5RCP 303X228mm 2008
07-3GOVF10.jpg
官能的恍惚と芸術的恍惚は酷似しつつも同じではない。芸術的な感動と欲情は違う。エロスが芸術の本質であると賛美するのをよく耳にするが、それにすべてがあるとする事には私は賛同できない。
官能に重きをおくことは芸術だけではなく人生や社会においても宗教においても抑制されているのである。官能やエロスを芸術においても基幹的に扱うことは危険や破綻を伴う行為であるかもしれない。和田はその禁忌の領分にあえて踏み込もうとしたのだろうし、それゆえ破綻を招いてしまったのかもしれない。しかしこれはあくまで私の想像であり今となってはその答えを聞くことはできない。
A.A.07-40BRR91.0x45.5cm
07-3GOVF10
和田の代表的な作品は2000年以降の晩年に集中してる。晩年に代表作というのは歴史に名を残す芸術家たちの伝説からすると当たり前のように聞こえるが、多くの作家やクリエイターをみるとわかるように実はそう多くない。しかも2000年以降といえばすでに抽象美術は過去のものとなり時代は完全に移り変わってしまっているのである。こうした中で作品の質を常に上昇させていくというのはプレッシャーの強い困難なことであり、人生のピークというのは必ずしも晩年とは限らない。高い目標と意志と努力を要することで、その意味でも尊敬に値する。
静かに発光し続けるこれらの絵画は時を超えてみるものにその妖しい光を届け続けるに違いない。
(和田賢一論 終)
(和田賢一論2の最後にも加筆してます。あわせてお読み下さい)
by kitaibunshi-ms
| 2010-09-21 23:48
| 隠れた画家