2011年 05月 16日
HPまだ出きてませんが、ブログだけ先行してリニューアルです。
http://ameblo.jp/shirahamamasaya/
アメブロ使いやすいかどうかわかりませんが。
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2011年 05月 16日
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2011年 05月 11日
![]() 3月中旬よりいっぷく近くの河口歯科駐車場壁面に壁画を制作中です。間もなく完成予定。 幅18mのなかなかの大作。 プラン検討中に震災に遭いました。もともとコミュニティの喪失と再生をテーマにしていたのですがそこに今回の震災のことを盛り込みました。 東京新聞にも取り上げていただきました。 私としては20年ぶりくらいの抽象的な表現を用いてますが、その点を含め 作品の内容については後ほど詳細を書きたいと思います。 画像はPCによるプランです。実際には細部を変更しながら進んでいます。 ![]()
2011年 04月 25日
おかげさまでチャリティ展はたくさんの方にお買い上げいただいております。誠にありがとうございます。会期末頃から通販向けに画像アップしていきます。いっぷくのブログの方にも載せていきます。 白濱雅也の作品は順次補充されていますのでご興味ある方はぜひお越し下さい。(白濱雅也)
2011年 04月 16日
UK来日公演はなかなか充実の内容でした。
2時間半、お腹いっぱい。 昨年もUKZで聴いているので新味は減じてましたが UKZで聴けなかったNevermore,By the light of day〜Prest vivace〜reprise,Danger Money, CrimsonのStarlessなどは感涙もの、ラストのJohn&Eddie二人のRendevous6:02は沁みました。 レビューは改めてまた。 (Crimson関係の曲名まちがってたらごめんなさい) UK reunion live in Japan setlist In the dead of night-By the light of day-Prest vivace-In the dead of night reprise Danger maney Thirty years Alaska-Time to kill Starless Carring no cross Marco Solo Eddie Solo John Solo (Book of saturday) Nevermore One more red night mare-Ceasers palace blues Sahara of snow Night after night The only thing she needs Rendevous6:02 (John&Eddie)
2011年 01月 27日
近況はtwitterでお知らせします。
http://twitter.com/shirahamamasaya
2011年 01月 01日
あけましておめでとうございます。
公開制作の続きですが、会期中には完成に至りませんでしたので引き続き進んだ段階でご紹介していこうと思います。 糸崎さんが制作中の様子などを撮影して下さいました。ありがとうございます。 この作品は今まで僕が多方面に展開してきたことを統合しつつ新しい試みも盛り込んでいます。自分の中で整合がつかず別シリーズとしてきた部分や初期にわけもわからず試みて陽の目をみなかったものなどもここに来て重要度を帯びてきています。つまり制作に(人生に?)無駄はない、と思いたい。この展開の方向の詳細は新しいブログで書こうと思います。 このブログも細々と長く続けてきましたが、自分のサイトの開設に併せて心機一転、リニューアルしようと思います。この記事でひとまず終了します。リニューアルしたらこの場でもまたお知らせします。 プログレハードの行方、公開制作の続き、リノベーションアートのその後など書きかけのものは引き続き書こうと思っています。音楽の話が多かったのでもう少し制作のことを書きたいと思っています。まあそんなこと誰が読みたいのかという問題はありますが。 ではしばし、お休み。 ![]() ![]()
2010年 12月 26日
新作「シンデレラの雨」の制作過程です。
今回、鶴田吾郎の戦争画「神兵、パレンバンに降下す」をトリビュートするのであるがその絵はこれ。 ![]() これをフォトショップで加工し下図を作る。ただしこれは3層構造のうちの一層。 ![]() ![]() 白のジェッソ数回塗りのあと、赤のジェッソで下塗り ![]() 比率をとりながら地面の部分をオーカーのジェッソで下塗り。魚眼的空間にしているので水平ではなく湾曲させている。 ![]() ピンク系で地塗りしつつ、空のグラデーションをおおまかにつけてみる。 ![]() 中景となる雲や人物、前景となる落下傘のあたりを取る。人物は元になる絵からポーズはそのままで配置にアレンジを加える。 ![]() 色を付けてバランスを見る。色相は4色調和で計画済み。 ![]() ここからギャラリー。空の部分の背景画となる秋葉原とシンデレラ城をグリザイユ風に描く。 中央と周辺部とで少し色相をずらす。マゼンタ〜レッドのペールトーンで変化させる。 マゼンタ系、歯が浮いたような感じで落ち着かない。 ![]() 様子を見ながら書込む。リアルになりすぎず、空にもとけ込みつつ、タッチもみせつつという微妙なところを探る。ベタにするか悩むが、べた塗り作業はあまり得意ではないのと、廃墟風に荒れた感じも出したいのでタッチを出して表現主義風に描き加える。 派手な色と魚眼風の遠近感も相まって迫りだしてくるような空間感となってきていい感じ。すこしほっとする。
2010年 12月 09日
清水さんが急逝された。
2005−2007くらいまで一緒にグループ展をすることなどがあってよくお会いしていた。 身体も大きく、声も大きく、下ねたや駄洒落や酒が好きで豪放な方であった。 はたから見ると私が眉をひそめそうに見えるかもしれないが、清水さんとは結構うまが合うところがあって私はその大きな声でお話を伺うのが好きであった。 私が清水さんを知ったのはかれこれ20年くらい前の美術手帖の誌上でである。作品はそれほど好きではなかったが、そのいかにも論客風の風貌とコメントが印象深かった。 言葉の記憶はあやふやだが、優れた芸術にはその構造と根拠があるというようなことが書かれてあって作家活動を始めようとしていた自分にとっては戒めのように聞こえた。その頃の作風の絵を改めて見ると知的で上品で美しい。 その清水さんと親しくなるとは夢にも思わなかった。人生とは不思議なものだ。 ![]() しかし私が知っている清水さんはむしろハードコアでパンクではじけた清水さんで、気派展から突如出現した駄洒落具象画の強烈な画風に印象づけられている。情緒や論理的な判断を許さないその駄洒落のナンセンスさはどこまで本気か疑ってしまうほどである。そんな駄洒落絵画のなかでもとりわけ美しい作品のひとつ「シャッターチン」。社会全般が女性的に転換して大きく変わっていってることを実にタイムリーに捉えた作品なのかもしれない。 ![]() 「粘りの白濱でやればいい」 消沈気味の私を励まして下さったこともあったし、 あるときは珍しく酔って電話をくださり、踊る操り人形のような絵を描いている白濱を思い描いたとおっしゃって下さった。 他の方とは少し異なる独特の思いやりが私には快かった。 最期の大作Under cuckoo nest 。実作は見ていないけれどこんな穏やかな絵は清水さんには珍しい。けれど清水さんの思いやりが感じられる気もする。こんな穏やかな境地に辿り着いてしまったのかもしれない。晩年のいい作品だと思う。 ![]() まさかこんなに早くお別れが来るとは少々予定外であった。こちらにゆとりができたらのんびり遊びに行きたいなとおぼろげに思っていた。 私は死に対しては誰が明日死んでもおかしくないと思っていて、親でも涙がでないほど冷静なのだが、清水さんの死は少し早すぎて寂しい。もっと早く小淵沢に伺いたかった。 ご冥福をお祈り申し上げます。
2010年 12月 05日
![]() Japan type? ![]() 桜餅type? ![]() 現場モデル? ![]() コレジャナイロボモデル Pentax苦肉の奇策K-xのユニクロ的カラー展開はどうやらあたったらしい。 売り上げランキングでも上位に迫り奮闘した。 スカンクの残しっ屁のような一撃! これでK-5や645Dが出せたのかもしれない。 さてそのバージョンアップ版K-r これはもっとすごい。 ボディカラー12色、グリップカラー10色で120のツートーンパターンが可能となる。 これだけでもすごいのだが、今度はレンズも12色用意されている。 これで全パターン1440種!! うーんこれはすごいけど、選ぶのも大変だ。 私のような色の専門家でも困るほどの種類、ふつーの人は目が回らないだろうか? これだけの種類になると色彩計画の知識が必要か。 私がヨハネスイッテンの色彩論に基づいたカラーコンサルティングしますよ。 びーしゃさんのカラー占いとセットで一儲け? このカラー占いでは私の色は紫と金。それに自分の好きな色の黄を加えると…、 ぐおお、発狂しそうな色だな! 5年前には考えもつかないカメラだ。 とシミュレーションするだけでも楽しい。 選ぶ苦痛というは現代の病でもある。 何かを買おうとしたときの選択肢の多さに当惑しないだろうか? スーパーや量販店でめまいに襲われるのは私の歳のせいか? 上の画像のモデルは限定版K-rでもコレジャナイロボモデルというもの。 K-xでも出ていてすぐに完売したらしい。 私のような年代が持つのは気が退けるけど、このばかばかしさ楽しいね。 こういうのですごい傑作を撮っているってなんかいいじゃない。 森山大道のようなかっこいい写真撮ってて、愛機は何ですかっていわれたら、 コレジャナイロボモデルですってみせるわけ。 いいねえ。 娘息子に買い与えるフリして自分に買うか(笑) カメラが一家の家宝のような存在だった時代は完全に終わったのだ。それは技術立国日本の終焉ということでもある。その意味でもそのことに終止符を打ったPentaxはすごい。なんといっても一眼レフを切り開いたのはPentaxだからだ。 そういえばこのK-r、正面からだけど、往年のMEあたりの面影がペンタ部に感じられる。どこなく懐かしさも。初恋のひとの娘や孫を見る想いか。 120パターンはこちら http://www.pentax.jp/japan/imaging/digital/slr/k-r/feature_6.html カラーシミュレーターはこちら http://www.camera-pentax.jp/k-r/ コレジャナイロボモデル http://www.camera-pentax.jp/k-r/news/20101203.html
2010年 11月 06日
そういえば「凛として時雨」もUriah heepもハイトーンボイス。
僕が洋楽で最初の好きになったSimon&gerfunkelも天使の歌声として語られたハイトーンボイスが売りだった。OpusIIIを久しぶりに聴いてからKirstyの歌声に触発、久しぶりにハイ−ンボイスフェティズムを再認識した。 その中でいろいろ聞き返したり調べているうちに知ったのが藤岡宣男。この人の声は心から美しいと思う。歌声だけで感極まってしまった。国内のカウンターテナーの代表的な一人。事故で数年前に亡くなっている。生で聴きたかった…。海外のカウンターテナーと比べても繊細さや表現力で上回っているように思う。こういう高い裏声は線の細い日本人には向いているのかもしれない。 サブカルなどの下流志向にばかり浸っていると、こういう磨かれた美しさの力を忘れてしまう。 こちらはそのKirsty Hawkshow。曲やアレンジはいかにもトランスという凡庸さがあって苦笑するが、天を駆け巡るがごとくKirstyの歌声がこの曲に命を与えている。この人ただの一発屋ではなかったのね。 そのKirstyのIts fine dayの2002 remixがありました。 これもいかにもなんだけど、このリミックスはひとつ驚いたことがあって、前半やや無理矢理にドローン(通奏低音)で進行、1:07あたりの転調で本来の和声に戻している。ここの転調がドラマチックで、こういう楽曲の根本から変えるリミックスって多くないと思う。 あと余談。このころのkirstyは淑女に移り変わる年頃ながらあどけなさが残っていて、その少女から大人の女性に移り変わる美しさと醜さが同居して蠱或的。まあ文句のない美人なんですけどね、その危うげな感じがよかったりして。
2010年 10月 25日
正直言って、まいりました!はい。
実はそれほど期待はしていなかったですが、ふたを開けてびっくり、手抜きのない充実の演奏。エンターティメントとしてもよく練られた公演でした。 ここ数年の復活組や往年のベテランの公演をいくつか見ていますが、「なかなかいいけどまあこんなもんだよなあ」と思うことが多い中で、それを覆すベストのひとつと思いました。40年現役、世界中をツアーしているのはだてではなく、歴戦の戦士を見る思いでした。 Best of ..に収録されている代表曲に「悪魔と魔法使い」の全曲、新作や後期のSea of lightsなどからの数曲を交えた選曲はまさにbest選曲、名曲の多い彼ららしい捨て曲のないセット。 いろいろ発見があったのですが、 まずメンバー全員が唄うコーラスワークは完璧で、ヘビィな音とのコントラストが美しい。 Barnie Shawは歌唱力を随分増していてカリスマ的ではないもののステージをリードする存在感がありました。Byronのムードもよく出していて往年の曲でもがっかりする部分はあまりありません。Journeyなども好きだと言う通り、時折スティーブペリーを思わせる所もあり、いまのheepにあっています。 Phil Lanzonのキーボードもハモンドを主体にし往年のムードを良く再現しつつも時代的な新しさも少々加味して、ケンに比べてスマートな印象。 Mickboxのギターはそんな中でギラギラした70年代らしい粘る音でハードロックの猥雑さを残していました。白髪ロングの彼は若い頃と少し印象が変わりまるで仙人のようさすがリーダーとしての貫禄も漂ってます。 そして実は演奏でのおおきな再認識はTrevorBolderとRussel Gilbrookのリズムセクションで、骨太の音をたたき出していました。Bolderは貢献度が高くテクニシャン、Leeには申し訳ないけれど、若いRussellでリズムの切れやシャープさは増して、heep再興に一役買っています。 バンドの性格を改めて再認識したのですが、ドラマティックで美しいメロディのハードロックというもので、産業ロックの原型がありますし、Museなどの後輩へつながるものでもあります。プログレ的と言われる部分はそのドラマティックな長い曲において表れていて、ライブでもハイライトになっています。そして彼らの音がいまでも聴けるのはそのメロディの美しさにあると再認識。 またアルバムでは地味なミディアムテンポ、スローテンポな曲もliveでは冴えていて、このバンドの多面性がよく出ていました。 このメンバーでの演奏は機材などの違うので単純に比べられないけれど、コーラスやリズムセクション、アンサンブルなど往年の黄金期を勝る部分があります。新曲はハードロック然とはしていますがまだ余力がありそうでもう一段パワーアップするかもしれません。 還暦バンドの充実に実は結構、励まされたりした。 今回のハイライトのひとつであった「circle of hands」。この曲のliveを聴く日が来るとは。 24日setlist Wake The Sleeper Overload Bird Of Prey Stealin' Love In Silence The Wizard Traveller In Time Easy Livin' Poet's Justice Circle Of Hands Rainbow Demon All My Life Paradise The Spell Rain Free 'In' Easy Gypsy Look At Yourself Angels Walk With You Shadow July Morning アンコール Lady In Black Uriah heepについてはこちらにも書いてます。 http://kitaibunsh.exblog.jp/14108219/
2010年 10月 22日
偶然にも若い知り合いに教えてもらったバンド「凛として時雨」 まず名前のセンスがいい。日本語のバンド名は難しいけれど、こんな名前のつけ方があったか。 音を聴いて同じように驚いた。日本の若いバンドにこんなすごい音を出すのがいるのか!と。 若いバンドを聴いてもルーツや元ネタが透けて見えることが多い中、このバンドはそうした掴みがしにくい。そして以前書いたMuseのように多様な音の積層が感じられる。 このブログを見ていれば私は洋楽偏重のように思われるかもしれないが、紫やクリエイション、四人囃子あたりを筆頭に日本のロックも随分聴いてきているしライブも数えきれないくらい見てきた。それでもここのところ日本のバンドに興味を失ってきていたのは、いわゆるJ-pop時代になって商業主義が浸透して、ロックが単なる歌謡曲のようになってしまってクリエイティビティを失っているからだ。世間で評判のいいのを聴いてもまあこんなもんかと思うことが多かったのである。 「凛として時雨」は久しぶりに心が踊り、いささか衝撃を受けた。 天性を感じさせるギターの卓越したテクニックと独創性を柱に、元ネタが透けて見えない確かな楽曲のオリジナリティ、クリシェ(常套句)をことごとく裏切る曲展開、シリアスな悲愴が漂う歌詞、ファルセット気味のハイトーンの男女ボーカルとそのひとつひとつ凡庸を避け得ていて見事。そのことはPV映像の志向にも波及している。 もちろん、My Bloody Valentine,CocteauTwins,Rush,Muse,Radioheadなどの先達の影響は見えるけれどそれが決定的というものでもなくあくまで、下地としてのそれである。 こういう困難なことを軽々とやってのける(ように見える)ところに、時代と若さを痛切に感じて、初めてといってもいいくらい自分が年老いたことの衰えや遅れというものを実感した。そういう意味でも衝撃でもあった。 まあまだ聞きかじりなので偉そうなことは程々に、分析はもう少しあとにしてみたい。 疾走するような曲が多い中で抑制の利いた印象的な曲。345の抑揚のないヴォーカルが光るいい曲だね。
2010年 09月 29日
Uriah heepがやってくる!!これが大事件だと思う人はそう多くはないだろうが、思い入れの深い僕には初恋の人との30年ぶりの再会のような事件なのだ。
ヒープは僕にとって初めてのアイドル的に好きになったロックバンドであり、初めて演奏した曲のバンドでもある。 すでに不運のヴォーカリスト、デビッドバイロンも悲劇のベーシスト、ゲイリーセインもこの世にはいない。大黒柱ケンヘンズレーもいないしリーカースレイクも引退している。バーニーショウの歌がものたりないとしても、オリジナルメンバーはミックボックスだけだとしても、しかし彼らの曲を生で聴くとしたら彼ら以外に誰の演奏で聞くというのだ?もうこれで最後なのだ。いかねばなるまい。 結成40周年! リーダーMickBoxはもう還暦をすぎている。 往年の名声にすがるような延命を軽蔑するのは簡単であるが、実際バンドを維持するのは本当に大変なことなのだ。そしてバンドを離れた人たちが成功するのも稀なのである。名声はそう何度もあげられない。世界中にheepを知る人がいる。やはりこれは大きな財産である。 ここに来てheepは力を盛り返してきている。もちろん新しさはないけれど、長い苦難のときを乗り越えて黄金期を思わせる力強さが戻ってきている。これは驚くべきことであり感動的である。その最新作からオープニングチューン「Wake the sleeper」 ユーライアヒープはハードロックを築いた立役者のひとりである。ハードロックを切り開いたレッドツエッペリン、ヘヴィメタルのルーツ、ブラックサバスを別格としても、スラッシュメタルのルーツディープパープルなどと同等にメロディアスハードロック/プログレハードのルーツとしてもっと評価されてしかるべきと主張したい。 ボストン、ジャーニー、ボンジョヴィなどに通じる「最も売れる」産業=スタジアムロックの原型を確立したのはユーライアヒープ、彼らなのである。 ![]() ヒープにはいわゆるカリスマ的スタープレイヤーがいない。これもひとつ失速を早めた理由ではある。ハードロックバンドにはギターヒーローがつきものであるが、ミックボックスは特徴の少ない地味なギタリストであるし、ケンヘンズレーもロックキーボード奏者として草分けではあるがテクニック的にはDパープルのジョンロードに見劣りがする。デビッドバイロンはスター的存在ではあるが、上記の3バンドの強烈なカリスマ的ボーカリスト達に比べるとひいき目に見ても見劣りすると言わざるを得ない。 そう、ヒープは個人技ではなく、総合力で勝負しているのである。ヒープはいくつかの特徴があってそれらの組み合わせでオリジナルティを確立している。 まずよく言われるのはコーラスワークである。メンバーのうちの4人あるいは全員唄える強みを生かして、コーラスをサウンドの重要な一要素として使っている点である。これはイエスとともにクイーンはじめ後進のバンドに大きな影響を与えていて現在でもそれは続いている。 これに線は細目だが、美しい声とハイトーンのファルセットボイスのバイロン、リードボーカルも担当するケンのセカンドヴォーカルも絡んで凝ったヴォーカリゼーションを展開している。 また楽曲も歌を重視していて、他のバンドのようなインスト/ソロパートは短くあくまで歌そのものを支える音なのだ。 次はキーボード+ファズギターのコードワーク主体のサウンドであることだ。上記のライバル3バンドがギターのリフ主導の音であるのに対し、分厚いコードサウンドによってメタリックな音の壁を作っている。またこれによってメロディラインもはっきりしたメロディアスな曲調となっている。うなるオルガンはオルガンハードロックといえるような音で当時のハードロックの中では際立っている。 もうひとつ、これはあまり語られないのであるがケンヘンズレーのソングライテシング力である。 ロックバンドは演奏テクニックの評価に偏重しがちであるがバンドの音楽性の根幹には一人であれ共作であれソングライテシングの能力が大きく存在する。ケンの憂いのあるメロディー、起承転結のある曲構成などはヒープサウンドの屋台骨となっている。このドラマ性はプログレッシブロックにも通じるもので、プログレ的と称される一因となっている。 ヒープの失速はケンの脱退も大きい。私もケンが脱退した時点で興味が急速に失われてしまった。 ドラマーが固定しなかったせいもあってリズムセクションはちょっと弱いがシャッフル系の疾走感のあるリズムに特徴がある。また黄金期のベーシストゲイリーセインはメロディアスなベースラインを特徴とするプレイヤーで目立たないけれど個性派ベーシストではある。 そんな彼らのオリジナリティが確立したヒット曲「look At Yourself」この曲がDeepPurpleのInRockを追いかける形で72年に発表 ライブとスタジオでの性格が少々異なっている。スタジオでは知的で端正なプログレハードロックなのだがライブではラフなロックンロールバンド色が濃くなる。この辺も当時の日本のリスナーには意外であったらしく評判は芳しくなかった。 しかしデビッドバイロンを擁するライブパフォーマンスはグラム的な華麗さと猥雑さもあって、戻れるなら当時に戻って見てみたいものである。 彼らの特徴が2分に凝縮された代表曲「Easy livin/安息の日々」のライブ。 スタジオの凝縮感はないが、代わりに彼らの派手な面が見える。ハードロック曲としては珍しくソロパートがなく歌を大事にする彼ららしい曲である。ステージの主役はバイロンで、キザな動きも彼だと嫌味がない。落ちぶれた貴族の放蕩息子といった彼の風貌と美声は大好きであった。そしてバイロン在籍最後のアルバム「High and mighty」では、その唄い上げる歌唱力が堪能できる。このバイロンの姿はもう見ることができない。(続く)
2010年 09月 21日
![]() Atomic Angel 07-31 PYP 182x273cm アクリル 2007 サイードは晩年の優れた仕事の特徴は、統合ではなくて、「失われた全体性」、カタストロフィーだと指摘した。幻滅と快楽とを両者の矛盾を解決することなく提示できるのだと。 破局を恐れない芸術家の「後期のスタイル」「両極の一瞬にあらゆるものを照らし出すカタストロフィー」を目指したい。(和田賢一の著述より) 50歳を迎えた和田はこのように宣言しAtomシリーズはAtomicAngelというシリーズにバージョンアップする。その萌芽はそれ以前のAtomのシリーズですでに散見されはじめていた。 ![]() atom05-1(桜三月花狂い) 2005 182-273cm アクリル ウレタン樹脂 綿布 パネル ![]() Atomic Angel 07-28 GVR P120 爆風のような激しさを伴いながらも調和した色彩や穏やかな空間に魅力があるが Atomのこの辺りの作品では挑発するような色の対比、破綻するような狂気を感じさせる様相を見せている。清浄な美しさにとどまらない恐怖や不安、あるいは破綻のようなものが出始めている。 発光を超えて燃焼、あるいは核融合でいうところの臨界のような状態になっているような不調和さが感じられる。これはなぜなのか? ![]() Atomic Angel 07 24 P.G.B.Y 195x300cm 2007 アクリル ウレタン樹脂 綿布 木枠 ![]() Atomic Angel 07 25 R.B.G 195x300cm 2007 アクリル ウレタン樹脂 綿布 木枠 先の宣言のような意識下、美⇔死にもうひとつのベクトルを加えてようとしていたようだ。 カタログをあらためてみて、画業を概観していたところ、特に後年の作品が妙にエロティックであることに気がついた。見ようによっては、女性器、生殖器、あるいは射精のように見えるし、抽象的なものでも性的な恍惚の瞬間のようにも見える。これは私自身、意外な発見であった。 和田については(いささか勝手に)高潔な印象を抱いてたのでこのことに少々戸惑った。知人の手記やご遺族の言葉からわかったことであるが、和田はエロスに対して非常に関心が高かったようだ。多くのコレクションも残されている。 ![]() Atomic Angel 07-32 B.P.Y. 182x273cm 2007 アクリル ウレタン樹脂 綿布 木枠 そもそも地球を母なる地球のたとえのように女性とみれば、原爆は母性に対する陵辱であり爆発は壮大な射精に見える。原爆投下に至る戦争の要因は複雑ではあるが、本能レベルに単純化してみれば人間の持つ権力への欲望や攻撃本能にあり、男性的な本能に根ざしている。 この男性性、自分や愛する者の生死を脅かしたものが自分自身の中に生の根源的な欲望として存在しているという矛盾。聡明な和田はこの自己矛盾に気付いていただろう。 その自己矛盾を回避するために、自分を衝き動かす欲望を美=死=エロスと同列化し神聖化しようとしたのではないだろうか?あるいは胎内回帰的に、肯定的に許容し全体性として提示することを目指したのか? ![]() Atomic Angel08-5RCP 303X228mm 2008 ![]() 07-3GOVF10.jpg 官能的恍惚と芸術的恍惚は酷似しつつも同じではない。芸術的な感動と欲情は違う。エロスが芸術の本質であると賛美するのをよく耳にするが、それにすべてがあるとする事には私は賛同できない。 官能に重きをおくことは芸術だけではなく人生や社会においても宗教においても抑制されているのである。官能やエロスを芸術においても基幹的に扱うことは危険や破綻を伴う行為であるかもしれない。和田はその禁忌の領分にあえて踏み込もうとしたのだろうし、それゆえ破綻を招いてしまったのかもしれない。しかしこれはあくまで私の想像であり今となってはその答えを聞くことはできない。 ![]() A.A.07-40BRR91.0x45.5cm ![]() 07-3GOVF10 和田の代表的な作品は2000年以降の晩年に集中してる。晩年に代表作というのは歴史に名を残す芸術家たちの伝説からすると当たり前のように聞こえるが、多くの作家やクリエイターをみるとわかるように実はそう多くない。しかも2000年以降といえばすでに抽象美術は過去のものとなり時代は完全に移り変わってしまっているのである。こうした中で作品の質を常に上昇させていくというのはプレッシャーの強い困難なことであり、人生のピークというのは必ずしも晩年とは限らない。高い目標と意志と努力を要することで、その意味でも尊敬に値する。 静かに発光し続けるこれらの絵画は時を超えてみるものにその妖しい光を届け続けるに違いない。 (和田賢一論 終) (和田賢一論2の最後にも加筆してます。あわせてお読み下さい)
2010年 08月 13日
これを見ずして死ねるかと思っているものがいくつかあるのだけれど、そのひとつがモロー美術館とこのオルフェウス。
![]() オルセー美術館所蔵であることなど忘れていて、ルソーあたりは見てもいいかななどと思いながら、混雑の噂にまあ行かなくてもいいかと思いはじめていた矢先、このオルフェウスが展示していると知って驚いた。 いつ行けるかわからないフランスに行くことを思えば、と一時間半並んで見に行きました。 展覧会自体はもちろんフランス絵画全盛期の名品が並ぶわけだから、滅多に見ない質だけれども、それにも目もくれずとにかくオルフェウスだけをめざして急いだ。 モローの初期の代表作である。彼の画業の中で名作は数多いが屈指の名画と行ってもいいのではないだろうか。他を圧倒する美しさで輝いていた。この輝きはレンブラントのダナエと同種のものだ。 実物をみて思ったのはまずその鮮やかさ。画集で知っていたものはもっと古色なセピアがかった色あいだったのだが実物は鮮やかな印象派とはまた違う内光から輝くような鮮やかさである。 上の画像はまだ生々しい記憶を頼りに補正したもの。これでももちろん違うのだが。 以前の掲載画像はこちら http://kitaibunsh.exblog.jp/11055007/ 初期の作風は筆触を押さえた精緻なタッチなので、実物もそれほど筆さばきのようなものを期待していなかったのだが、実際は生々しくせまる筆遣いが感じられ、描き上げた後のような画家の熱気や熱情、息づかいが伝わるようであった。まずその迫力に感極まってしまった。 背中側を背景に大きく空ける大胆な構図、計算された色彩や比率、早くもオリエンタルな趣味を見せているアラベスク、緩急を使い分ける筆触、タシスムなどをも取り入れた技法など爛熟した古典技法の技術の粋を垣間みる思いだ。 当時、産業革命がはじまり時代が科学信仰に移りはじめている。この絵の光が注ぐ背景こそ現代につながる未来であったかもしれないが、そこに背を向けている女の姿勢はモロー自身の姿勢でもあったのだろう。右下に描かれた亀もそうした意味であろうか?伏し目がちに竪琴を見つめる視線の先には小さな泉が描かれ、神秘主義を愛した画家の内実とその後の孤立した人生が暗示されている。 後期印象派と並ぶとよけいにその古色が目立つが、今となっていは印象派も古く見え、むしろこの作品の存在感は圧倒的である。モロー自身は後ろ向きだけの懐古趣味人ではなかった。先取の気質も併せ持ちつつドラクロアらの伝統を深く継承していた。その早いピークがこの作品であったとも言える。 その後、印象派とはまた違った道で独自の変革を一人で試み続けるのである。 安直なファンタジーが溢れる今にこそこの作品の真価が大きく見えるように思う。 我が心の師はやはり偉大であった。見られて本当に良かった。 あと3日。興味ある人は急げ! ちなみにシャバンヌの名作もとなりにあり、こちらも穏やかないい作品、なかなか楽しめます。 ![]()
2010年 08月 11日
私の展示が千葉県南酒々井で開催中です。
2002年展示されたキャベツ畑に捨てられての再演で、その後散発的に追加された作品もあわせて展示してます。 首都圏とは思えないのどかな田園のなかの古い酒蔵とその一角の曲がり家のギャラリー、その風景だけでも楽しめますしおいしいお酒も楽しめます。プチ旅行のついでにどうぞ(盆休みがありますのでご注意)白濱は21,28,29日在廊予定です。 白濱がデザインしたラベルの梅酒もコラボレーション販売中。結構好評。さすが醸造元、味も絶品! ![]() ![]() 白濱雅也展 ピーナツ畑でひろわれて 〜再演キャベツ畑に捨てられて 身体の一部が突然野菜になってしまう! 極近未来、国立遺伝子研究所に起こった謎の病気。 当惑と迫害の中で巻き起こるおかしくも悲しい物語。 各地に散った野菜人間たちは今年の夏ひさしぶりに酒々井まがり家で密かに再会するのでした。 ユーモアとシニカルな悲しみを感じさせる独特の世界を展開する白濱雅也が2002年に発表した「キャベツ畑に捨てられて」を酒々井で再演します。 物語付きのドローイングや大型の立体作品が古い曲がり家に配され、環境とともに鑑賞するスタイルは、現実と虚構が入り交じる不思議な体験となるでしょう。 飯沼本家 まがり家ギャラリー 千葉県印旛郡酒々井町馬橋106 総武本線 南酒々井駅下車徒歩10分 開催中 〜8月29日(日)まで 10時〜17時 月曜休 16-20日休 問い合わせ 043-496-1001 駐車場完備 詳細 http://www.iinumahonke.co.jp/index.html
2010年 07月 10日
絵画が発光し始める。
94年頃から和田はエアブラシを使い発光するような強烈な色彩感を伴う作風に変化する。 和田はフランチェスカなど古典名画と並んで未来派への関心が強かった。未来派は光やスピードといった非物質的な現象を描こうとしていた。和田が潜在的に具象性を内在しつつ、抽象性を追い、閃光や爆風に美を見出したとしたら、ここに関心を示し、光そのものを描きはじめたことは自然な流れだといえよう。エアブラシやアクリル絵具、ウレタン塗料などの技術革新が彼に新しい武器を授けたのだ。 ![]() Summertime 1994 アクリル 綿布 ガーシュインの曲名からつけられた「Summertime」は夏の日差しの記憶とともに、夏の日に落とされた原爆の閃光なのである。 和田の母は原爆が投下された日、爆心地から600mしか離れていない地点にいた。和田はこの閃光を母の記憶によって「見ていた」のかもしれないのだ。 見たら死んでしまう呪われた光。死と背中あわせの美しい光。 ![]() ATOM 2002-43 B.O.B 2002年 182×273cm アクリル 綿布 パネル ![]() ATOM 04-35 V.Y.P.P 2004年 273×182cm アクリル 綿布 パネル 色には大きく分けて2つある。ひとつは絵の具や物質の色、反射光の色の世界である。 もうひとつは自然光や電子光などの直接光の色の世界である。 科学が発達する以前は太陽や月、そして炎など直接的な光の色というのは限られていた。 色と言えば多くは物質の色であった。そして絵の具はまさしくその物質の色を抽出したものである。絵画はこのように物質の色を顔料として抽出し人工的に再構成したものという事ができる。 日常的に光の色が登場するのは照明が発明されてからであるし、その色を日常的に見ることができるようになったのはなによりTVのおかげである。そしてこの光の色を自由に操れるようになったのはPCでのCGが普及したつい最近の事と思う。 TVやPCの色はRGBという光の三原色で合成されている。この色彩体験はそれ以前の体験とは大きく異なっているはずであり、このことは当然絵画にも影響を与えているだろう。 2002年頃からの「ATOM」のシリーズでこうした発光と色彩は結実する。エアブラシとたらし込みを駆使する手法は非接触で、非物質的であり現代の視覚情報を予見している。そのことが重厚長大な 傾向が強かった抽象絵画の中で和田の作品は軽んじられてしまった。 和田は物質を捨て光の絵画に向かったのである。 ![]() ATOM 04-55 O.S.Y 2004年 194×130.3cm アクリル ウレタン樹脂 綿布 木枠 和田は古典絵画の中の敬虔な光に惹かれる一方で、「印刷物やテレビの色彩に惹かれる」と語っている。ポップアート的な志向とも言えるこの言葉から、和田が人工的な光の色彩に関心を抱いているのがわかる。爛熟していたテレビや登場しはじめたPCなどのブラウン管の色彩に反応していただろう。 おそらく和田はこの光の色彩への志向と出自の体験との接点を現実に見ていた。91年の湾岸戦争の映像である。私は当時、夜間空爆されるイラクの映像をなんと悲しくも美しい映像だろうと衝撃を受けていた。和田もおそらく目にしているはずで、そのことは94年のこの作品に結実しているのではないだろうか。 ![]() ![]() ![]() 恍惚的な美と破壊的な暴力/死を伴う光。 ATOMのシリーズでこの両極を融合させようとした和田は、 この接点を境に抜き差しならぬ境地に向かったように思う。その片鱗はATOMのシリーズでも既に見え隠れしている。 ![]() ATOM 04-53 G.O.G 2004年 178.2×120.0cm アクリル ウレタン樹脂 綿布 木枠 和田の作品発光し始める94年、音楽の世界ではそれより先にこうした発光現象が起こっている。 My Bloody Valentineの1991年発表の「loveless」で極限まで歪んだノイジーなギターが幻惑的な音空間を編み出し、その中を天使のようなウイスパーボイスが舞うという美醜がハイテンションで混血している。 91年はちょうどソビエトが崩壊し冷戦が終結、一方で湾岸戦争が始まるという時代の大きな節目でもある。この節目に現れた閃光のような音。 そしてそのオーロラのようなジャケットは偶然にも和田の作品に酷似している。 (つづく)
2010年 07月 05日
故和田賢一さんの仕事について書きたいと思う。
私がそれにふさわしいかはさておき、故人と面識もなく世代も若干違う作家が書くというのはむしろ客観性という意味では親しかった友人知人より正当性があるだろう。 なぜ私がこんな事をするかというと、真摯な仕事を全うした作家に対する尊敬の念と評価に対する無念からである。(以下敬称略) 和田賢一は一般的にはカラーフィールド系の抽象絵画の作家の一人と目されているが、まずその事に少々違和がある。私は90年頃具象絵画の復権を模索していたのであるが、当時抽象表現主義やフォーマリズム絵画の焼き直し絵画が溢れる中、そうした絵画のつまらなさに飽き飽きしていた。その中で不思議と飽き飽きしていた抽象であるはずの和田賢一の作品に惹かれ続けた。当時はそれがなぜかはわからなかったが、今思うと和田の作品が具象性や象徴性を色濃く内包するものであったからに間違いなく、そのことが私を刺激し続けたのだ。 ![]() Opera In Blue 1990 162×388cm アクリル 綿布 たとえば和田賢一を知る機会となったNWハウスでの二人展の出品作は珊瑚礁か星雲を思わせる円環が描かれ、ほとんど風景画のように私の脳裏に焼き付いた。絵画の構造上必要であっただろう手前の黒い色面も珊瑚礁上の市街地やコロナなどかなり具体的な情景を思わせるものがある。輪と言えば具体の吉原治良やケネスノーランドを思い出すが、このようなこれが単純に幾何学的な楕円であったり、筆触だけの輪であればここまで記憶に残らないであろう。(吉原もノーランドも今となっては単純でしかなく、先駆性をのぞけばはっきり言ってつまらない) そしてこの円環はビキニなどの環礁を思わせることに気付くと後のAtomのシリーズを予見していたのかもしれない。 ![]() ![]() これは実際に抽象画家と目される作家の意識にあったのか?もう少し和田の仕事を遡ろう。 中村一美と同門で芸大の芸術学科の出で、榎倉康二に学んでいる。卒業も間近い頃の初期の作品が残されている。これは当時の助手であった方のコメントにもあるように和田の仕事の第一歩となるような作品であったようでこれは重要なのではないかと思う。 ![]() 球体のような形状群が転がり落ちるかのように描かれている。一見抽象的な作品であるが、球という具体性を色濃く感じさせるものであり、どこか有機的でもある。冷徹な幾何学上の円ではなく一見卵子や昆虫類の卵のような生命体に見えるし、単独で見れば惑星のようでもある。こうしたミクロ/マクロや生/死などの相反する両極を包含する傾向は後々和田の仕事に一貫していく。 抽象的な形態を構造上のものとしてではなく象徴性を帯びた対象として描くという意思がこの作品からは見えるのであってそういう意味で具象性や象徴性の色濃い画家の性格が十分に感じられる。 ![]() このあとすぐに、難波田龍起やヴォルスを思わせる粗いタッチの作風に変化する。 この頃の作品ではオールオーバーではなく地と図の関係がはっきり見える。描かれているものこそ不明瞭な形象であるが、描く対象自体は意識化されている。このような組み立ては私にも覚えがあり、 捉え難い自己の意識のようなものをなんとか形象化しようとする試みであっただろうと想像できる。 そうした移行期として重要ではあるが作品としては前述のような作家の既視感は否めない。テーマの焦点と方法論とがまだかみ合っていないように感じられ、作品の空間性なども後の作品と比べれば貧弱である事が瞭然である。そのいら立ちがこのザクザクとしたタッチにむしろ現れているのではないか。このタッチは描かれるべきものを求めて堀探られている岩肌のようでもある。 またこの掲載作品の中には人物像らしきもが見えなくもない。(奥様に確認したところ人物を描いたものを覆っているのではないだろうとのこと) 和田の発言の中で「抽象絵画が好きなのです」というのがあったが、後年絵画修復などで得た具象の技術を生かしたらというアドバイスに「もともと出発は具象でしたから、そこへ回帰するかもしれません」というようなコメントを残している。 (このコメントはこちらのブログから引用させていただきました。 http://www.jj.e-mansion.com/~fuma/nikki17.htm) 聡明な和田はもしかすると人物のような描きたいものをこの頃の美術界を覆っていた抽象絵画論によって無意識に抑圧してしまったのかもしれない。 (続く)
2010年 05月 22日
![]() ギャラリーの展覧会を見始めてもう随分時間がたつけれど、記憶に焼き付き続ける展覧会というのはそんなに多くはない。また当然そのようないい作品、いい作家が高い評価を受けている、とは限らないのである。 業績に対し評価が低い作家と思って私が真っ先に思い当たるのが和田賢一氏である。 中村一美との二人展で初めて見た珊瑚礁のような円還の作品がいまでも脳裏に焼き付いている。 当時、美術館の展示などにも選出されているから不当に評価されていなかったというわけではないが、中村一美や辰野登恵子のような抽象表現主義的な代表的な作家以上の仕事をなし得ていたにもかかわらず、彼らの陰に隠れてしまっている。いまでは若い学芸員などその名を忘れているのではないかと思うと非常に残念だ。 今改めてそのカタログを見ると、圧倒的な美しさとエネルギーに満ちていて、彦坂尚嘉氏の言葉を借りればプラズマ的絵画のかなり早い仕事ではないかと思う。 先進性は当時の作家の中でも高かったのではないか。 実は3年前に亡くなられたことを昨年作家仲間から伝え聞いて、回顧展も知らなかったこと、ご本人にお会いできなかったこと、企画の候補に何度か挙げながらお誘いできなかったことなど強く後悔している。 幸い深川ラボで展示した渡辺聖介氏とのつながりで奥様とお会いする不思議な縁を得た。 奥様とは会場で二言三言、言葉を交わしただけだったのだが、作家らしきたたずまいなどなにか気になるものがあり渡辺さんに伺うと画家であるとのこと、ネット上で見ているうちに偶然にも和田さんの奥様であることがわかったのである。 こういう不思議な直感はごくまれに働くのであるが、これも何かの縁であろうか。 和田賢一氏の仕事についてはこのあと改めて書きたい。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー その故和田賢一氏と奥様で画家でいらっしゃる伊藤眞理様の小さな展覧会が開催されます。 伊藤様の作品も和田さんのDNAを共有されていることがDMからも伝わり、 初めて見る作品が楽しみです。 小品が中心とのことですが、実作に触れる貴重な機会です。ぜひご覧ください。 ギャラリーこはく 和田賢一 伊藤眞理 作品展 5月22日〜30日 11:30〜17:00 木金休 場所はさいたま市見沼区大和田2-1181-11 東武野田線大和田駅下車4分 070-5567-8729 場所はこちらの地図をご参照下さい。(展示情報はまだ掲載されてないようです) http://www.k5.dion.ne.jp/~g_kohaku/ ![]()
2010年 04月 23日
いま、展示している千葉尚実のテキストを考えながら、感じていることがある。
表現の時代変化についてである。 今よりも雑誌媒体などが強かった頃、読者投稿のようなページがあって、そこによくイラストのようなものが投稿されたいた。デッサン風のものや、いわゆる挿絵風のものが多かったのであるがある頃から漫画風のものが圧倒的に多くなった。多分70年代後半だろうと思う。いまではイラストと漫画は境界がつけにくいがイラストと漫画は表現として厳然たる差異があったのだ。 最近話した若い作家がもっと若い人が絵を描くというと、漫画のことなのだと教えてくれた。 今は絵=漫画と言い切れるのかもしれない。 音楽をしているといえばピアノかバイオリンなどのクラシックが基本であったが、今では打ち込みやバンドといっても疑わない。小説書いてますと言って、横書きの携帯小説だって当たり前になっているだろうと思う。 ジャズやクラシックがなくならないように古いものがなくなってしまうわけではないけれど、表現の主戦場はそこではない。NHKでロックギター講座が始まるように、ロックだってすでに過去形になりつつある。 「現代の絵とは漫画である」といいきれるのではないか? 深い陰影や、タッチの強弱を持った表現よりも、ぺらぺらの線で描かれたキャラクターの方が共感できる時代なのだ。漫画自体は新しいものではない。リキテンシュタインが切り開いた漫画アートですら半世紀経つのだ。この際物と思われた表現がいまや普遍性を帯びてきている。 マンガのボキャブラリーは情報伝達にすぐれ、従来の絵画表現よりも伝達は早く、しかも一度その文法を覚えれば理解も早い。情緒やニュアンスによる曖昧さがすくなく、情報化時代にこそふさわしい表現なのだ。 問題はその質と内容なのではないかと思うのだ。リキテンシュタインはそのこと自体を問題のひとつとしていた。巷にあふれる広告や雑誌に添えられたマンガのコマを引用し、それをあたかも厳格な構成的抽象絵画のように組み立て直す。このアレンジメントはひとつ重要な部分である。 そしてもうひとつはそのテーマ性。エンターティメントに過ぎなければそれは単なる大きなイラストやひとコママンガでしかなくなる。シリアスなテーマや裏メッセージがなければならない。しかもやはりそこにはエンターティメントが隠蔽する人間や社会の真相がなければならない。 彦坂尚嘉氏の主張によるとベトナム戦争に負けた75年に近代の「終わり」が始まる。マンガイラストの普及はこれと連動しているように見える。近代が終わり科学的、哲学的表現が終わりはじめ、マンガのような情報的記号的表現が広がりはじめたのだ。 哲学性や光学的根拠、或は近代個人主義に依る筆触を礼賛する表現のあり方は芸術の主戦場ではなくなっている。主戦場はもう既に別の次元に移っている。それは高いか低いかはわからないが移っていることは確かなように思う。 アバンギャルドであった印象派が世界の保守絵画となったように、もう既にマンガ絵画は当たり前の時代なのだ。 ![]() 千葉尚実 「群集を見る」
2010年 04月 11日
長年の希望だっためがねの変更をしました。
こう見えて人の意見に結構左右されたりするのですが、今回は店員の意見も無視して初志貫徹。 実は前からこうしたかったのね。 笑う人もいるけど概ね好評?かな。でも世辞を分を割り引かないとね。 ポルナレフというあなた、CCBというあなた、年代がばれますよ(笑) なんで白にしたかったかよく思い出せないけど、いままであまりに無難だったので。 髪も切りました。こちらはやむにやまれぬ理由があって。 また伸ばしてます。 似合わないといわれても長い方が好き。 伸ばしたのは大学時代から。 今なら信じられないけど 当時は長いのが何よりださかった時代で、かなり変人視されていた。 伸ばしはじめた頃。 ![]() 結構飽きっぽい。でもそのくせ自分の好きなスタイルにすぐに戻ってしまう。 歳を取って余命が限られてくるとできることはしなくちゃという気になる。年寄りの暴走というのもあるものだ。 スキンも変更。 いっぷくでビーシャンさんという方がカラー占いというのをやっていて、占ってもらったらこれがなんと全く予想外の色。ゴールドと紫!! 何かを選ぶとき全く視界に入らない色ですよ。 というわけで最近この2色を意識しています。(ばか) 意外と占いに弱い。あんた女子高生か?
2010年 04月 09日
音楽ではよくカバーというのがあって、既存の曲をアレンジして再演するという奴だ。多くは原曲の良さを超えられないことが多いのだが、まれに奇跡のように原曲を凌駕するものやその文脈を大きく違えてしまうことがある。その僕なりの名品を二つ。
まずはビートルズの名曲エリノアリグビーのカバー いまさらながら原曲 Esperantoはプログレマニアなら知っている人も多いが、ほぼ無名のバンドながら3rd LastTangoは隠れた名盤の声も高い。Raymond Vincentというバイオリン奏者をリーダーとするバイオリン二人とチェロ一人の弦楽隊を擁する6人組。弦楽隊付きロックといえばELOが有名で、ほぼ同じ頃にデビューしている。この編成でいけばクラシカルロックなのだが、ソウルフルな面やタンゴへの接近などワールドミュージック的な混在感がユニークで、ジャケットに現れているこの退廃感がバンドの個性となっている。(強姦を壮大にとりあげたRapeという大作が収録されていたりする)また女性ボーカルも参加、ハイトーンのツインボーカルも効果的に使われている。 この編成でエリノアリグビーはあまりにもはまりすぎだが、内容は予想を遥かに超えて原曲のイメージを凌駕するクラシカルヘビィロックに仕上がっている。 次はあまりにも有名なクリムゾン「風に語りて」 知らない世代のためにまずは原曲 この名曲をカバーするとは! OpusIIIはItsFineDayのヒットで一躍有名となった4人組。アンビエント/トランス系の流れであるが、プログレ的な匂いも濃く、音は本格的だ。 印象的なジャケットに写っているスキンヘッドの美女がボーカルのKirsty。(ジャケ買いしました) Kirsty嬢以外のメンバーはIan Munro、Kevin Dodds、Nigel Walton。 Janeの1980年の代表曲のカヴァーで、ナショナル・チャート1位を記録した彼等のデビュー・シングル「It's A Fine Day」(1992年)は、元々、IanとKevin、Nigelの3人で、原曲に打ち込みを加えたものとして演奏していたが、それならヴォーカリストを入れてカヴァーとして演った方がいい、という事でKirstyをスカウト。Kirstyは作曲家のAlan Hawkshawの娘で、1969年ロンドン生まれ。 どっかのカフェで初めて聞いた時はなんじゃこれと思ったのですが、ウイスパーボイスのダンスチューン、聞き慣れてくるに連れてかなり気に入ってしまいました。2ndも悪くない出来です。 そのIt's fine day,kirstyの当時の映像。真っ黒なボディスーツ、スキンヘッドでくねくねと踊る姿を今回初めて知ったのですが、宇宙人みたい、なかなかのカリスマ性があってちょっとぐっと来てしまいました。看板ボーカリストだけが前面に出るというのは後のTatuにも通じます。 なおこのアルバムは中古で安く出回っているので入手しやすい。この2曲だけでも買う価値あります。 こうして並べるとビートルス〜70年代ロック〜90年代と音の違いがわかりますね。 ミニマル化、バーチャル化、レイヤー化が進んでいる。
2010年 03月 23日
VOCAには何度も失望していて、まあそれは私情も入っているから客観性も怪しかったわけだが、年齢資格から遠く離れた今は当時よりは冷静に見られるだろう。応募者というよりは推薦者やギャラリストに近い立場で見に行った。
毎年有望な逸材が出てくるなんてことはないわけで、今年は不作であったという言い方はできる。 しかしここ数年のカタログをみても、目を引く作品が少ない。 あまりにも既視感が残る。 もちろんリバイバルの時代、既視感があってもいいが、それを乗り越えようとする試行があまりに稚拙であったり、答えの出ているところであったりと空回りしているように見えてしまう。 会場を覆うこの空気は記憶がある。 晩年の安井賞の会場のようであり、かつての団体展の会場にいた時のような空気なのだ。 作品の真価が発するエネルギーではなく自己顕示の異様なエネルギーだけが蠢いている。 何度も絵画は死んだと言われ続けたが、通俗化したことで一見蘇ったようにみえつつ真に形骸化した姿をさらしているのではないか?ここにあるのは絵画のミイラか? 現代美術自体が古いものとなり絵画がその中でもさらに古いものになったのでは?という感覚に教われる。この感覚に明確な根拠はないのであるが、その腐臭は拭い難いものであった。 もうひとつ気になるのはその透明性だ。 客観的な審査、すべてを網羅した審査などあり得ないけれど、推薦制というのは地方の逸材を拾ったりというメリットはあるにしろ、なにか煙幕の向こうでの謀が感じられて仕方がない。それを言いがかりだとしても否定する透明性や客観性がそこには保証されてないではないか。 情報公開が求められて当たり前のこの時代に体制もまたあまりに古い。
2010年 03月 06日
![]() ばなな型 鉛筆 紙(原画) レーザープリント 鉛筆 ¥6000(額込み) ラボの向かい深川いっぷくで白濱雅也の展覧会が行われています。 2002年に発表した「キャベツ畑に捨てられて」のダイジェスト展示に新作ドローイング3点を加えた内容です。 http://igallery.exblog.jp/ ![]() 洋ナシ型 アクリル キャンバス ¥20000 Sold 2011年(もうすぐ!)の極近未来に国立遺伝子研究所で身体の一部が突然野菜になる病気が発生したという設定に沿って、様々な病状をドローイング、ペインティング、人形、カルテなどの形で記録しています。 その悲喜こもごも、奇妙な世界をお楽しみ下さい。 22日までゆるゆる延長してます。(月火定休祝日営業) ![]() モヤシ型 アクリル キャンバス ¥25000
2010年 02月 25日
色彩のプランを考える。
元の版画はパステルカラーでそれなりに綺麗ではあるが、通俗な子どもっぽさが拭えない。カラープランとしてはちょっとそれ以上の意図が読み取れない。 元の刷色を地にしてパステルで重ねられるように考えカラープランをPC上で検討する。ミッキーの身体の部分の色と、耳の部分の色は原則、版画の色を生かすものとする。 まずは4色調和をベースに考える。 ![]() PC上で彩色してみる。 ![]() 少し色見がぶつかりすぎるのともう少し色相が欲しい気がする。元々ポッップな絵だから、あまり抑制するとちょっと寂しい気が。 6色調和をベースに再検討。 ![]() これだと原画のイメージにも無理がない。6色調和をベースにすると色相が多くフルカラー的な特徴の少ない色彩になってしまうが、インテリア的にはカラフルで目が楽しいだろう。ひとまずこれで。実際に彩色するとPC上の通りには行かない。その辺は多少調整しながら進める。 ![]()
2010年 02月 07日
全体の構図と要素を細部まで検討していく。
水平垂直が強調されて落ち着いた分、動きが減じる。元の絵から感じた迫ってくるような勢いを出すために漫画風の動作表現の線を放射上に加える。 あわせて、左上に吹き出しをつけ台詞をいれる。 台詞にはこの絵のタイトルとテーマにもなる「Go out!」 クノップフの項でも書いたが、窓や扉のような外とつながる接点をテーマとするため。 ぬくぬくとした子宮のような明るい部屋から外へ出ろと迫る…。 少々直接的な表現だがもともとポスターのような作品でもあるし、愛玩の対象であったミッキーを下敷きにしているという点で、アイロニカルなものになるのでは。 室内の切り花は室内の平和さを強調しつつ、死や去勢の意味にも取れる。 ![]()
2010年 02月 01日
リノベーションアートの途中ですが、ツイッターでもつぶやきがあったので、呼応。
ボストンデビューが76年でここがロックの大きな変換点だと思う。これについてはボストンの項で書こう。 ![]() ユーライアヒープとイエスからボストンの間をStyxのほかに繋ぐものがないかといえば、密かにある。 ボストン前夜に実はプログレハードの原型が生まれている。それがAngelだ。 日本では40代前半以前の人はほとんど知らないだろうと思う。一時はQueen,KISS,Aerosmithと並び称されていたアイドルバンドであった。ほかのバンドがかなり成功を収めた中Angelは少なくとも日本では急速に失速した。まさに堕天使。 グラムロックの流れを汲むビジュアル系のイメージを打ち出したのが本家イギリスのQueenであったがこれに対抗してAngelはアメリカから登場した。白いひらひらの衣装に身を包んだメンバーは(全員とはいえないが…)容姿端麗、少女漫画のようなイメージで、ロックの華麗さだけを抽出したものだった。 グラムロックの猥雑さとは異なり、汗臭さから遠い洗練された音を出していた。一言でいえばUriahheepスタイルのメロディアスなハードロックにYESのリックウェイクマンスタイルのマルチキーボードを乗っけたものだ。シンセサイザーやメロトロンが飛び交うハードロックは今見るとどうってことはないが当時はまぶしい新しさがあった。 それにノンシャウトのハイトーンボーカル、陰りのあるキャッチーな曲調など荒削りながらデビューアルバムでかなりの完成度を見せていた。このアルバムが1975年発表。まさにボストン前夜。 ![]() そのアルバムから代表曲 Tower ひらひらの衣装やオーバーなアクションにはおもわず苦笑するが、緩急の効いた音はなかなかのもの。 この曲の他にも、マルチキーボードが活躍する曲が並び1流とはいい難いがかなりいい線いっている。セカンドでもボヘミアンラプソディを意識したような大作fortuneなどを聴かせている。 またこうしたプログレ的な音の他にポップな面もあり、その辺も産業ロックを先取りしている。77年のややPOPになった3rdアルバムもそういう意味でアメリカンハードプログレの佳作である。 ボストンのトムシュルツが彼らと接点があったとは思わないがアメリカからこういう音が出ていた事実は興味深い。 彼らが失速したのはプロモーターの倒産による来日公演の失敗が引き金だったのと、アイドルバンドのイメージと内容が噛み合なかったのではないかと思う。音が少々シリアスだったのだ。 実際その後の彼らはポップになって、アメリカではそこそこの成功を収めているし、リーダーのKB奏者グレッグジフリアは自身のバンドGiuffria、House Of Lordsでもヒットを飛ばしている。 これらの音も典型的な産業ロック的ハードプログレで、彼らがそのルーツの証でもある。 もうひとつ、ルーツではないが日本のNOVELAはじめビジュアル系バンドの重要な原型である事も付け加えたい。名誉挽回で再評価されて欲しい。 さてもうひとつ本家Queen。彼らをプログレとはいわないが2ndあたりでは結構プログレ的な音を出していた。ボヘミアンラプソディだって、オペラロックで見事にシンフォニックロック足り得ている。そして何よりギタリストBrianMayのギターオーケストレーションは間違いなくトムシュルツに影響を与えている。その意味でプログレハードの流れとしても見逃せない存在なのだ。 (Queenについてはあまり詳しくないので詳細は他の方にお任せ) ここではQueenに軍配が上がったが時代は確実にアメリカに向いていた。
2010年 01月 31日
ジーと眺めるとだんだんイメージが出てくる。
夜の闇の中から明るい部屋に突然飛び込んでくるような感じ。 ![]() 仮面のキャラクターはちょっと悪魔君のような顔で、こちらに飛び込んでくるようなポーズになりそう。ミッキーの顔の部分は犬の顔に見えるので同様にキャラクターにする。 耳にあたる黄色い部分、悪魔君の足にするか、犬の身体にするか悩んだが結局両方とも難しいので、花にして添景とする事とした。 左下には驚いている人物を追加。 あわせて構造的にチェック。 まず構図をチェック。元図はAB矩形のような縦長のフォーマットなのでこれをF矩形に変更。 各ポイントの比例を調整してフォーマットを決め、更に構図を整える。 窓から飛びこん来るように、窓の矩形を設定し、これを構図上の基本構成とする。 この辺はかなりまどろっこしい作業が続くが建物でいう造成や基礎工事部分で結構重要。
2010年 01月 30日
変わった注文を受けた。
リサイクルショップで見つけたディズニーの版画に手を加えて作品にして欲しいとの事。 サインや加工不可の箇所などの制限は特になし。 先日の「行儀の悪い額縁」同様のリノベーションアートである。 ![]() これは一見楽しそうな注文だが、難易度は決して低くない。他人の作品を自分のものにするのは、技術がいるのだ。 作品自体はミッキーの肖像であるが、作家のタッチが出ていて、なるほど、ちゃんと作品になっている。ただし、万人受けしそうな無難な肖像版画だ。悪くはないがいわゆる売り絵で、元値¥300,000と言われたらしいが、自分だったらプレゼントでも¥30,000以上は出したくない代物。 技法はリトグラフ、紙には多少シミが出ている。 僕の作品にするだけでなく、作品の価値をあげなくてはならないから、そこがポイント。 ![]() しばらく眺めるも、ミッキーのキャラは強烈で、このまま手を加えてもいかんともし難い。 定石でまずはひっくり返してみる。 これでしばらく眺める。 洋服の部分が仮面のようにみえてくる。腰にあてた手も振り上げてるように見える。ミッキーの顔も犬のようにも見える。 これでなにかできそうに思う。 仮面の人物が襲いかかって来るような感じがするので、 まずはその辺から組み立てはじめてみる。 すべてを消してしまっては意味がない。 かといって残しすぎては何も変わらない。 元の絵と自分の世界とのせめぎ合いだ。 元の絵はSheet。タッチはコンテやパステル風なので、これを生かしてパステルで仕上げようと思う。丁度私はいまパステルを教えていて勉強中(?)なのだ。
2010年 01月 20日
展覧会が空虚である事と空虚を作品として表現する事は似て非なるものと思う。
人間は空虚な存在である。だからそれが表現の結果として作品内容に現れる事はあるだろうし、そこに共感を呼ぶ事もあるだろう。しかし作品そのものが空虚であるならば、徒労感しか残らない。 内藤礼は日本の現代美術のスターの一人である事は間違いない。だからその展覧会といえば何か期待を抱いて訪れても不思議ではない。 実質的な内藤礼のデビューであった佐賀町エギジビットスペースでのテントの作品は当時感銘を受けたように記憶している。(が、その後のメデアでの情報に攪乱されて今となっては本当に見たのかも記憶があやふやではある)しかしその後の展開で何度も徒労を味わう中で、疑問符が大きくなっていった。これは芸術でも何でもないのではないか?と。 中庭でテープがひらひらと舞ったり、表面張力で張りつめた水面を見せる瓶が意味ありげにおいてあったり、紐上のビーズが垂れ下がっていたり、それだけでは何というものでもなく、美術館という装置や周囲の池泉の舞台があって初めて成立する作品で、作品と言うよりも空間的なディスプレイ操作のように見える。 今回の目玉の光を用いた作品でも、もちろん美しいのだが、光はそれだけでも美しいのだから、イルミネーションを超えるものを望んでしまう。 立派な美術館の展示台の上にコップに入った水をおいて意味深げなタイトルをつける。すると、多くの人は何か深遠な作品ではないかと見入るだろう。 暗がりの中に静かにともる灯り。これが静謐な気分をもたらす。 これらは芸術のフリである。 今回の展示はどうしても、崇高な芸術作品のように見えるもの、というフリに見えてしまう。そのフリは大掛かりな方が成立するのだ。 汗水たらして、手数をかけたものだけが素晴しいというつもりはないが、コンセプトにしても空間美にしても、何かを求めて見に来るのだから、これを知らずとも構わないと思ってしまうのは、展覧会としてはまさに空虚である。 今週一杯。私はお薦めしないが、異論を感じる人は、貴方の眼で確かめて。 ![]()
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